三池炭鉱万田坑 ― 2015/05/08 10:37
ここで紹介している樹木の話題とは関係ないのですが、先日5月5日の子供の日に帰省中だった娘をつれて万田坑見学に出掛けたことについてお話をしたいと思います。
この日は坑内が無料で解放される日だと前もって知っていたので、見学に行く予定にしていたのですが、前日の夜のニュース速報を見てビックリ!世界遺産への登録が勧告されたとの事で、初めて行く万田坑への期待感も高まります。
万田坑のある熊本県荒尾市までは熊本市内より車で1時間程でしょうか。目的地に近づくにつれて車が増え、道案内をする誘導員が出ています。さすが、「世界遺産先取りをと考える人はいるのだな。」と思っていたら、それはお隣にある遊園地への車の誘導のための人たちでした。しかし、専用の駐車場はほぼ満車状態、とにかく車を停めて、まずは資料が展示してある万田坑ステーションに足を運びました。ここでは万田坑の歴史を学ぶビデオの上映の他、当時の鉱山全体を復元した模型や写真の展示がされており、この鉱山のスケールの大きさや三池炭鉱が日本の近代化に果たした役割の大きさを実感できました。
ステーションを出た後、いよいよお目当ての万田坑へと向かいました。ここではボランティアガイドの方の説明を聞きながら、最初に、シンボルとなっている第二竪坑巻揚機室内や第二竪坑櫓を見学します。
県の観光パンフレットでこの姿は見ていたのですが、近づいてみると思っていたよりずっと大きく、重厚感があります。
下の写真はこの第二竪坑の坑口です。ここから炭鉱内にエレベーターで炭坑労働者の人たちを降ろしたり構内に流れ込んだ水を排水していたそうです。ボランティアの方が言ってたのですが250m以上も深い場所にある鉱脈まで垂直に降りていったのだそうです。
巻揚機室内はヘルメット着用です。大きな巻揚機は多くの人たちの命綱として、日夜上げ下げを繰り返していたのでしょう。説明のボランティアの方の話にも熱がこもっていたように感じます。
巻揚機室内を出た後、浴室や脱衣所を見学して石炭を選り分けていた選炭場跡と呼ばれる広々とした場所に出てきました。昔は石炭を品質によって選り分け、貨車に積み込んで三池港まで運んでいたそうです。
下の写真は選炭場跡の脇にあった水路沿いに第二竪坑櫓と巻揚機室を撮影したものです。
最盛期には万田坑だけで3500人程の人達が炭坑労働者として働いていたそうです。荒尾・大牟田地区に点在した三池炭鉱全体ではどれだけの人たちが働いていて、街もどれだけの賑わいを見せていたのでしょうか?この施設は石炭採掘が終了した後も、他の炭坑へ水が流れ込むのを防ぐため排水施設として平成9年の三池炭鉱閉山まで現役で活躍し続けたという事でした。そのために施設が取り壊される事なく、今にその姿を止めているとの事。
坑内には錆びた線路や貨車、重機などがそのまま残っています。錆びてはいるものの、その重厚な存在感は、かつて多くの人々が額に汗して働いていた当時の様子を想像させるには十分の説得力があります。
7月の審査を経て、正式に世界遺産として登録されるとのことですが、私も是非もう一度訪ねてみたいと思います。想像していたより見どころ満載で、ボランティアガイドをしていただいた30分ではとても足りないくらいでした。なので、私たち家族はガイドが終了した後も建物の周りをうろうろして色んな角度から、櫓や巻揚室を眺め、1時間以上は坑内にいたでしょうか?とても充実した時間でした。